2013年4月23日火曜日

雑記② ~文章を「描く」ことの難しさ / なんでオタクはジャンプするのか?~

雑記が三日坊主にならないようにがんばります。


文章を「描く」ことの難しさ

今回、文章を描くことの難しさについて日々実感しています。ここでいう文章を「描く」というのは、一文を書くというよりも文章の全体図を構築することです。近頃では、この点に自分の力不足を実感します。

僕はそこまで文章を書くことを苦手に思っているわけではありません。一文レベルで意味の分からない文章を書くことは少ないと、自分では認識しています。しかしながら、一文で表せないような複雑な理解や認識を表現するには、当然それに合わせた文章の構造が必要になります。

文章を読んでもらう機会を得て、僕のつくり上げる構造そのものが、他人には分かりにくいことに最近気が付きました。ぶっちゃけると、僕はずっと自分の理解を自分が分かるように文章に表現するところで止まっていました。例えば、「全体として文章にStructureが足りないので、そのよさが伝わりきれていないと思います」とか他人からコメントされてしまうわけです。

僕は文章を整理整頓してしまうことに集中してしまいます。なるべく誤解が生まれにくいように作ります。だから定義とか割りとしっかり書くようにしますし、段落の最初と最後で同じ事を繰り返すように気を付けます。

しかしながら、それらを多用すると文章の各部分の重要度の濃淡が描ききれず、読む方にも単調な読み方を要求してしまうわけです。文章の構造から描き出される、重要な部分にスポットライトを当てる方法論を得なければならないと考えています。

なんでオタクはジャンプするのか

サクラ大戦 【NHK】ゴールドディスク賞 檄!帝国華撃団



この動画を見て、十人十色の感想があると思います。単純に「賞を獲得して、嬉しそう」とか「歌に感動した」とか「サクラ大戦が好き!」。もしくは「さすがにイタいだろ」とか思う人もいるかと思います。

最初に僕がこの動画を見た時、「オタクがその趣味を大衆の前で表現するのは、なんて感動的なんだろう」と思いました。学部生時代に、たくさんの人前で特に上手くもないダンスをコスプレして披露しているオタクを見て、泣きそうになったのを思い出しました。

それは僕がオタクであるからこその感動であるといえるでしょう。

しかしながら、そんなオタクである僕でも他のオタクのよく分からない習性があります。オタクはなぜかテンションが上がるジャンプし始めるのです。それも「ピョーン、ピョーン」といった形で、マサイ族のジャンプみたいに長時間にわたりジャンプし続けるのです。この動画のオタクでも、列の右側(上手?)にいるオタクはず~っと飛んでいます。

僕のなかの仮説の中で一番有力なのは、歌っている人へのアピールです。例えば今回では、歌っている声優の横山智佐さんに彼女を応援している自分の姿を認識してもらうために、つまり目立つためにジャンプし続けているわけです。ぶっちゃけこのアウェイな場所で、横断幕やらサイリウムやらを持っているだけで十分に目立っていると思います。

オタクの特徴として、ひとまず「認識」してもらうことに全勢力を注入してしまうあまり、それが相手に、もしくは周りにどう受け取られているかについて配慮に欠けてしまうようなことが多々あることでしょう。

段々文章が長くなって結構しんどいですね。

2013年4月22日月曜日

雑記① ~町の電気屋のナゾ / マーケティングとは?~

ちょっと新しい試みとして、雑記的な小さな発見等々をまとめてみたいと思います。
おそらく内容は多岐に渡ると思いますが、基本的には経営学とかAKBのことが中心になるのではないかと思います。

雑記①

町の電気屋のナゾ

町の電気屋で、誰が客として入るのか不思議に思うような店が駅に1つぐらいあると思いますが、その中でも"Panasonic"という文字をデカデカと掲げている店があると思います。

これを「パナソニック・ショップ」もしくは、「ナショナル・ショップ」と呼びます。

いわゆるパナソニック・ショップです。

こんな町の電気屋さんを見ると、利益的にやっていけるのかどうか不思議に思うことも多いと思います。

現在、電気製品を買おうと思ったら、手軽にならamazon、実物が見たいなら大きな駅の電気屋さんだと思います。このような町の電気屋さんには、どの程度のものが置いてあるのか検討もつかないので、なかなか訪れることもありません。

しかし高度経済成長期には、このような「ナショナル・ショップ」は死ぬほど儲けました。それはものがない時代に、電化製品を買うところはココにしかなかったからです。そのように儲けたお金を彼らは、何に投資したのか。お世話になったパナソニックの株を買ったのでしょうか。違います。

彼らの多くが、土地を購入し、アパート経営に乗り出しました。現在の収入の多くが、アパート収入です。つまり、多くの町の電気屋さんは、ただのハリボテ(言い過ぎだけどw)で、アパート収入で生活しているのです。

TBSとか朝日新聞が、実は土地で儲けているという話を聞いていたので、過去に儲けたモノが土地を買ってそれを運営するのはよくあることだと思いますが、案外、ちゃっかりしてますねw

心配してたのに。。。

マーケティングとは?

学部時代は、賃金や人事とかわりと経営学の中でも組織系が多かったのですが、院ではマーケティングや戦略論系を勉強しようかと考えている昨今です。

なぜそのように思ったかと言うと、アルバイト先で社員さんからノウハウをヒアリングしてまとめる仕事をしている時に、社長から「ノウハウは、マーケティングの部分だけに絞ってまとめてほしい」という要望受けたものの、何を言っているかわからなかったからです。結果的には要望に応えたものになったものの、今思うとただの偶然でした。

さらに、facebookページを作ろうと思っている時にも、暗礁に乗り上げてしまい、こちらは失敗した経験をしたので、自分がいかにマーケティングを蔑ろにしていたかを痛感してしまいました。

現在、院に来てマーケティングの全体像が以前よりも明快に分かるようになりました。僕の理解を自分の言葉で表すと、マーケティングの最初の一歩は、自己排除と想像力です。

願望や目的、そのような自分に関わるものを全て排除して考え、他者の満足だけに焦点を当てる。しかしながら、他人の満足ほど見えにくいものはないから、それは想像しなければなりません。もしくは類推しなければなりません。結果的に想像という作業を含めると以上、自己を排除することが困難になってしまいます。

正しく自己を排除して、他者の満足を想像する。

これこそマーケティングの基本なのではないでしょうか。

この程度の雑多なものなら毎日書き続けられそうですw




2013年4月9日火曜日

『恋を語る詩人になれなくて』を聴いて欲しい

こんにちは、こんばんはKoR89こと畠山薫です。
「急に君に『恋を語る詩人になれなくて』のブログを書きたくなったんです。
読んで貰えますか?」

『恋を語る詩人になれなくて』



『恋を語る詩人になれなくて』とは

『恋を語る詩人になれなくて』は、SKE48 teamS 3rd 『制服の芽』公演の第一曲目です(Overtuneを除いて)。個人的にはSKEの中でも三指に入る曲です。

「急にこの曲について書きたくなった」のは、アイドルの曲ってそんなに良くないよねと言う方にこの曲を薦めたいのと、この曲を聞くたびにその歌詞の意味に思いを巡らせてしまう自分がおり、先ほどのランニング中にまとめたくなりました。

SKEの中でも基本的には良曲として知られるこの曲は、SKEとも縁の深い鉄平が自身のラジオ番組の中で局の慣例(アイドルの曲を流さない)を破って電波に載せたことで、最近また注目されました。

【速報】SKE48 ZIP-FM初ON AIR曲は恋を語る詩人になれなくて!!:SKE48まとめエンクラ

曲名の鮮烈さ

『恋を語る詩人になれなくて』という曲名はなんとなくネガティブな印象しかありません。まず、否定形の曲名というのは基本的には避けられると思います。例えば、「僕は明治大学生である」と「僕は東大生ではない」は言わんとしていること一緒ですが、厳密の意味は違います。

何かをビシっと伝えるには、「~である」と言い切ったほうが良いのです。

しかも、否定する言葉の合わせが悪いです。「恋を語る詩人」は全体的にポジティブな印象しか受けません。それを否定するということは、恋を語れないのか、それとも違うものを語るのか、受け取り手にモヤモヤした感覚を与えると思います。

しかしながら、それが逆に鮮烈であるとも言えるでしょう。

当然ながらこの曲も秋元康作詞でありますが、秋元康は否定形の曲名を作る天才と言えるでしょう。他にも48グループだったら、『アイドルなんて呼ばないで』も印象的です。


彼のデビュー曲の『言葉にしたくない天気』は否定形の曲名であり、池田聡に提供した『思い出さない夜はない』は、言わんとしていることは「毎日思い出している」ということです。でももちろん『思い出さない夜はない』の方が苦しんでいるニュアンスが伝わってきます。「本当は忘れたいのに、どうしても忘れられない」、そんな感覚がまじまじと伝わってくるのです。

『アイドルなんて呼ばないで』も、歌ってる本人はアイドルである、もしくはアイドルと呼ばれているという類推することが出来ます。実際に歌っているのは前田(敦)・峯岸・小野・河西であり、彼女たちはまさしく”アイドル”そのものであると言えるでしょう。

この曲名も「恋を語る詩人になりたくてもなれない」、恋をしている気持が今にも口から出てしまいそうな、そんなモヤモヤ、ウキウキした印象を受けるのです。

歌詞の良さ

これまで曲名からのみ受ける印象について述べて来ましたが、本格的に歌詞についても触れていきたいです。歌詞については、全部引用するとなんか摘発されてしまいそうなのでw URLを引用したいと思います。

さて歌詞をよく読むと、恋を語る詩人になれないのは当然です。なぜなら、君をみているのは「野に咲く花」なのです。おそらく次のような場面なのではないのでしょうか?
女の子が校庭の樫の木の下でボートッしているのを、野に咲く花が見ている。 
「君は何を考えているのだろうか。ボクは何も出来ないから、ボクを照らす太陽のように見守ろう。」 
女の子が、樫の木の下から走りだした。 
「何かを探すために、走りだしたのだね。それが青春か。」
ぶっちゃけると、これ以上の情報はありません。ここにときめきや切なさ、愛しさといった心情をのっけると、『恋を語る詩人になれなくて』になります。でも、聴いているだけではそのことには気が付きません。なんとなく、そういった感情そのものが「野に咲く花」のように健気であるかのように思えます。

まぁ更に、これをアイドルが歌い、ファンが聴いているということを考えると、どのように感じるかは言わずもがなではないのでしょうか?

個人的には、「ときめきはときめきのまま、」の部分が一番好きです。

曲調の良さについて

48グループ全体を通してギターのサウンドがすごく良いです。適度鳴いてるし、すごくポップで、メロディアスです。J-popのギターのいいとこ取りです。

特に音作りが好きです。ギターの音作りは、ギタリストの才能の半分を占めていると個人的には思っているので、歪ませすぎず、歌があるところではきちんと聞こえる(だろう)音作りがすごくいいです。強く歪ませていないから、ちゃんとピッキングによる音のメリハリがつくようになっているため、特にソロのギターが歌っています。

まず前奏は「恋をかたる〜詩人になれなくて〜」のメロディ部分を展開しています。歌のメロディをギターで展開すると、冗長になるような部分が多々見られるのですが、前奏の後半部分は非常にギター的です。

また間奏は、メロディアスというよりも一部速弾き(正確には違うけど)部分や、ピッキングハーモニクスやチョーキングのようなギターらしいフレーズが前面に押し出されています。加えて、ギター特有の停滞感を作りながらも最後はうまく盛り上がるように、特にダンスが盛り上がるように構成されているでしょう。そして、そのギターのソロに合うようにSKEのダンスも構成されています。

SKE48のダンスについて

SKEは、48グループの中でもダンスに特に力を入れているグループとして知られていますが、元気いっぱいで、大きな動きが多く、個人的な表現力よりも振りが揃っていることを重視しています。その中でも『恋を語る詩人になれなくて』は随所に工夫が見られます。

曲が始まるとみんなが振り返りますが特に松井珠理奈が印象的で、その笑顔を見るとSKEのセンターであることを再認識します。そして、前進しジャンプします。ジャンプのような振りそのものや、その高さがAKBにはないSKEの特徴です。

私が特に好きな振りは、「(詩人に)なれなくて、言葉を語るより」のサビの途中部分です。見る際には、是非遠くから見ていただきたいのですが、その場で回転する振りで、一列目と二列目が別々の動きをしています。まず「なれなくて」では、左右の回り方が違い、同時にしゃがむタイミングが交互になっているので、ひと目ではその動きの全体像を把握することはできません。その後の「言葉を語るより」も同様に、しゃがむタイミングが前後で違います。

このタイミングが綺麗に揃っているので、一見複雑で不規則に見えるダンスにも何かしらの規則性があることを直感することができます。

終わりに

ボクは特にダンスに詳しいわけではありませんが、それでもSKEのダンスからは躍動感のようなものを感じざる得ません。その躍動感をもっとも感じるが、SKE48 チームS『恋を語る詩人になれなくて』なのです。

近頃最も平均的にCDが売れているジャンルがアイドルだと思います。そのため錚々たる面々が48グループに限らずアイドルに楽曲提供をしています。更にちょっと冒険的な試みをしたからと言って、曲を買わないといったことも少なく、作曲家としては少し歌が下手な女の子が数人歌うという制限だけで様々な挑戦ができるのも多くのメリットが有るのではないのでしょうか。

まぁ48グループの公演曲の中にはすごく良い曲、例えば「てもでもの涙」「逆上がり」「白いシャツ」「愛の数」「長い光」等々あるので、出来れば聞いていただけると嬉しいです。
白いシャツ
逆上がり
愛の数
長い光